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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)2698号 判決 1981年3月25日

控訴人

(附帯被控訴人)

高橋三恵

右訴訟代理人

古屋俊雄

被控訴人

(附帯控訴人)

佐藤尚

右訴訟代理人

稲益賢之

主文

一  原判決中控訴人の被控訴人に対する金二一万二九八〇円及び内金一六万二九八〇円に対する昭和五四年六月一六日から支払いずみまで年五分の割合による金員の請求を棄却した部分を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し、前項の金員を支払え。

二  控訴人のその余の控訴を棄却する。

三  本件附帯控訴を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じこれを五分し、その三を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

五  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一当事者双方の主張に対する当裁判所の認定及び判断は、次の1ないし4のとおり、その一部を改めるほか原判決理由一ないし三に記載された原審のそれと同じであるから、これをここに引用する。

1  原判決一三枚目表末行「原告本人尋問(第一、第二回)の結果」の次に「及び控訴審における控訴人本人尋問の結果」を加入する。

2  原判決一四枚目裏一〇行目から一五枚目表九行目まで及び一八枚目裏九行目の「なお、原告は、」から同一九枚目表一行目までを削り、一八枚目と一九枚目の間に次を加える。

「(七) 奥脇産婦人科医院の妊娠中絶の治療費、入院雑費及び関係慰藉料

金一六万二九八〇円

(イ)  <証拠>を綜合すると、次の事実が認められ<る。>

控訴人は昭和一六年一一月一九日生れで、訴外小林茂とは同五〇年五月に結婚する二ケ月位前から同棲し、同五一年一一月離婚するまで男女関係をもつていたところ、同年五月一八日本件交通事故にあい、前記高田整形外科病院で診察を受け翌一九日同病院に入院し、事故による「頸椎捻挫」の治療を受けるに至つたが、入院直後は妊娠の自覚症状がなかつたものの同年六月に入つて生理がなく、同月末頃ムチ打ち症の治療のため首に注射をしてもつわり様の嘔吐を催すことがあり、同病院の内科の医師に診てもらつた結果妊娠ではないかということで、同年七月末、新座市奥脇産婦人科医院の診察を受けたところ、「妊娠三ケ月重性妊娠悪阻」と診断された。一方高田病院では専門医の合議のうえ、右交通事故による受傷(頸椎捻挫)の治療を受けながらこのまま妊娠を継続し分娩をすることは、母体の健康上精神的、身体的にも著しく悪影響が予想され、又出生児に対して奇形児発生のおそれがあると判断された。そこで同病院の勧めもあり、やむなく控訴人は同年八月三日右奥脇産婦人科医院に入院し人工妊娠中絶の手術を受け、同月五日まで入院した後、再び高田整形外科病院に復院し、同月八日には、右産婦人科医院に通院治療を受けた。そしてこの妊娠中絶手術のため治療費として金六万一一八〇円を要したばかりでなく、入院雑費として一八〇〇円(一日金六〇〇円として計算)相当の金額の支出を余儀なくされた。

(ロ)  しかるに被控訴人は、右妊娠中絶にかかる胎児は、夫茂の子ではないことを前提として、事故と妊娠中絶の因果関係を否定する。しかし、婚姻中に妻が懐胎した場合は、特段の事情のない限り夫の子であると推認すべきはもちろんであるところ、控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人の夫小林茂が過去に結核を患い右睾丸の摘出手術を受けたこと、両名が同棲を始めてから本件事故時点まで、控訴人が一度も妊娠したことがなかつたこと及び控訴人が本件事故の前後に亘り、クラブのホステスを業とし、ある程度異性とのつきあいがあつたことが認められるが、いまだもつて右特段の事情とするに足りないし、他にこれを認めるに足りる証拠もない。それ故控訴人の懐胎した子が夫の子でないことを前提とする被控訴人の主張は採用することができない。

(ハ)  なお被控訴人は、控訴人の妊娠が事故後に生じたことを前提として、交通事故にあつた女性の被害者が受傷治療中妊娠することは一般に予見できないばかりでなく、かかるときは極力懐妊を避け妊娠中絶の必要が生ずることのないよう注意し損害拡大(妊娠中絶費用の支出等)を未然に防止すべきであると主張するので検討する。控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人が「妊娠三カ月」と診断されたのは昭和五三年七月末奥脇産婦人科医院で診察を受けたときであることが認められるが、そのことから直ちに妊娠した日が本件事故日(昭和五二年五月一八日)の後であつたと断ずることは早計に過ぎるといわざるをえず、むしろ前記認定事実に徴すれば、事故前の妊娠の可能性もこれを否定しえないが、かりに事故後早い時期に懐胎したものであるとしても、元来妊娠は夫婦間の自然の営みにより日常おこりうる出来事であり、社会通念上も被控訴人主張の如き義務が一般に肯認されているとはいい難いから、事故前に妊娠していた場合はもちろんのこと、事故後に妊娠したと仮定しても、なお、妊娠中絶による控訴人の損害が本件事故により通常生ずべき損害の範囲内にあることを否定しえないというべきである。

さすれば、被控訴人は控訴人に対し、本件妊娠中絶の治療費六万一一八〇円及び入院雑費一八〇〇円を支払うべき義務があるものといわねばならない。そして前掲各証拠によつて認められる本件事故の態様・程度、本件受傷の部位・程度、後遺症の有無・程度、高田病院及び西洋館治療院での治療の経緯に、前記認定の奥脇医院での妊娠中絶の手術等の治療を勘案しその他本件に現われた一切の事情を斟酌すると、本件事故による控訴人の精神的苦痛を慰藉するためには、前記認定の慰藉料金二二〇万円のほかに、さらに妊娠中絶関係慰藉料として金一〇万円を加算するのが相当であると認める。」

3  原判決一九枚目表二行目「(七)弁護士費用一〇万円」を「(八)弁護士費用一五万円」と改め、同一九枚目表八行目から九行目にかけて「金一〇万円」を「金一五万円」と改める。

4  原判決一九枚目表末行から同裏一行目にかけての「金四七六万五五三八円」を「金四九七万八五一八円」に、同五行目から六行目にかけての「金一〇九万八五三八円」を「金一三一万一五一八円」とそれぞれ改める。

二結論

よつて、控訴人の本訴請求は、金一三一万一五一八円及び内金一一六万一五一八円に対する訴状送達の翌日である昭和五四年六月一六日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において認容すべく、その余は失当として棄却すべきところ、これと異る原判決を右のとおり変更することとし、なお、附帯控訴は理由がないので棄却すべく、民事訴訟法九六条、八九条、九二条本文及び一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(石川義夫 廣木重喜 原島克己)

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